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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)254号 判決

原告

青木金属工業株式会社

被告

株式会社トーポ

被告

株式会社マグリーダ

右当事者間の昭和58年(ワ)第254号実用新案権侵害差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告株式会社マグリーダは、原告に対し、三四〇〇万円及び内金一二〇〇万円に対する昭和58年1月29日から、内金一二〇〇万円に対する昭和62年9月29日から、内金一〇〇〇万円に対する平成元年2月7日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社トーポに対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社マグリーダに生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社トーポに生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項の「被告株式会社マグリーダは、原告に対し」とある部分を「被告らは、原告に対し、連帯して」とするほかは、主文一項と同旨。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和55年5月26日から平成元年6月15日までの間、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。

登録番号 第1314758号

考案の名称 鞄等の磁石錠

出願 昭和49年8月21日

出願公告 昭和54年6月15日

登録 昭和55年1月31日

2  被告株式会社マグリーダ(以下「被告マグリーダ」という。)は、昭和55年5月27日から同63年12月末日までの間、業として、別紙目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造販売し、被告株式会社トーポ(以下「被告トーポ」という。)は、右期間、業として、被告製品を販売、使用し、販売使用のために展示した。

3  被告製品は、次に述べるとおり、本件考案の技術的範囲に属する。

(一) 本件考案

(1) 本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用案登録請求の範囲の記載は、本判決添付の実用新案公報(訂正後のもの。以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。

(2) 本件考案は、次の構成要件から成るものである。

A 上下面を磁極とする環板状の永久磁石と吸着用の鉄片とを有する鞄等の磁石錠であつて、

B 前記永久磁石の上面を薄非磁性板で被覆すると共に、

C 該薄非磁性板の内端部を永久磁石の中央孔内へ折曲してあり、

D 前記環板状の永久磁石の下面磁極に当接する円板部と、

E 前記環板状の永久磁石の中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて、

F 前記中央孔内に挿入された円柱部とを有する磁極鉄片を有し、

G 前記吸着用の鉄片の下面は、前記永久磁石の上面磁極と、前記永久磁石の中央孔内に挿入された円柱部との両者に対して、実質的に磁気的間隙を残すことなく密着するよう円板状の本体部に円柱突起部を突接した

H ことを特徴とする鞄等の磁石錠。

(3) 本件考案は、永久磁石の磁力を最も有効に利用するように有効磁束のほとんど全部を吸着片に通過せしめ、強力な施錠作用を得るとの作用効果を奏する。

(二) 被告製品

(1) 被告製品の構造は、これを本件考案の構成要件に対応して説明すれば、次のとおりである。

a 上下面を磁極とする環状の永久磁石3の上面、外面及び内側面の一部を真鍮薄板5で被覆すると共に、当該磁極側へ真鍮薄板5を介在させながら鉄板4を離接可能に当接吸着させ、

b 前記永久磁石3には真鍮薄板5を介在させ、

c 前記永久磁石3の中央孔9内へ前記真鍮薄板5を折り曲げ、

d 前記環状の永久磁石3の下面には円板状鉄板14が当接され、

e 前記永久磁石3の中央孔9の内壁と永久磁石3の下面に当接され中央孔9内に直立している円板状鉄板14の円柱状突起10との間に間隙7を形成し、

f 前記円板状鉄板14の中央部に固着した円柱状突起10が存在し、

g 前記鉄板4の中央部へ固定した円柱状突起6が前記環状の永久磁石3の中央孔9内に遊嵌し、前記円板状鉄板14の中央部に固着した円柱状突起10と中央孔9の内部で接している、

h 鞄等の磁石錠である。

(2) 被告製品も、永久磁石を最も有効に利用するように有効磁束のほとんど全部を鉄板4に通過せしめて、強力な施錠作用を得るとの作用効果を奏する。

(三) 被告製品は、次のとおり、本件考案の構成要件をすべて充足し、本件考案と同一の作用効果を奏する。

(1) 被告製品の構造aは、永久磁石3の上面、外面及び一部内側面が真鍮薄板5で被覆されているが、上下面を磁極とする環状の永久磁石3と吸着用の鉄板4を有するので、本件考案の構成要件Aを充足する。

(2) 被告製品の製造bは、永久磁石3には真鍮薄板5を介在させているのであるから、永久磁石3の上面を真鍮薄板5で被覆していることになり、本件考案の構成要件Bを充足する。

(3) 被告製品の構造cは、本件考案の構成要件Cを充足する。

(4) 被告製品の構造dは、本件考案の構成要件Dを充足する。

(5) 被告製品の構造eは、永久磁石3の中央孔9の内壁と円板状鉄板14の円柱状突起10との間に間隙7を形成しているから、本件考案の構成要件Eを充足する。

(6) 被告製品の構造fは、本件考案の構成要件Fを充足する。

(7) 被告製品の構造gは、鉄板4の円柱状突起6が円柱状突起10と密着し、鉄板4のその余の部分も永久磁石の磁極面と密着しているから、本件考案の構成要件Gを充足する。

(8) 被告製品の構造hは、本件考案の構成要件Hを充足する。

(9) 被告製品の作用効果は、本件考案の作用効果と同一である。

4  被告らは、故意又は過失により、前2の行為をし、これにより原告の本件実用新案権を侵害した。

5  被告らは、昭和55年5月27日から同63年12月末日までの間、被告製品を一個五〇円で、一か月に二〇万個ずつ販売し、その売上高の一五%に当たる額の純利益を得たものであり、右純利益の額は、同55年6月17日から同57年12月末日までの間は、少なくとも四五〇〇万円、同58年1月1日から同61年12月末日までの間は、少なくとも七二〇〇万円、同62年1月1日から同63年12月末日までの間は、少なくとも三六〇〇万円である。

6  よつて、原告は、被告らに対し、前記損害金四五〇〇万円の内金一二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から、前記損害金七二〇〇万円の内金一二〇〇万円及びこれに対する昭和62年9月29日から、前記損害金三六〇〇万円の内金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年2月7日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否及び主張

1(一)  請求の原因1の事実は認める。

(二)  同2の事実のうち、被告マグリーダが設立された昭和55年6月16日以降、被告らが原告主張の行為をした事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同3(一)及び(二)(1)の事実は認め、同(二)(2)については、有効磁束のほとんど全部を鉄板4に通過せしめているとの事実は否認し、その余の事実は認める。同3(三)については、冒頭部分記載の事実及び同(1)、(2)、(5)、(7)、(9)の事実は否認し、同(3)、(4)、(6)及び(8)の事実は認める。

(四)  同4、5の事実は否認する。

2  本件考案の構成要件Bの「永久磁石の上面を薄非磁性板で被覆する」との構成は、薄非磁性板が永久磁石の上面のみを覆うものであり、同磁石の外面を覆うものは含まないと解すべきであり、これに対して、被告製品は、永久磁石3の上面と外面が真鍮薄板5により被覆されているのであるから、本件考案の構成要件Bを充足しない。

3  (1)本件考案は、永久磁石の中央孔の内壁と円柱部との間に磁気的間隙をおくことにより、有効磁束のほとんど全部が円柱部に集束されるというものであり、(2)また、本件考案の構成要件Gの「前記永久磁石の上面磁極と…実質的に磁気的間隙を残すことなく密着するよう円板状の円板状の本体部に円柱突起部を突接した」との構成について、本件明細書には、「永久磁石3の上面にも磁気抵抗となる空隙、または比較的厚い非磁性体を介在しないようにするが、0・3mmまたはそれ以下の厚さの薄非磁性板16(例えば黄銅板)で被覆した場合には支障なく、永久磁石3の上面のS極は薄非磁性板16の上面にS極の磁極として現われている。」(本件公報三頁右欄二八行ないし三四行)との記載があるが、右の記載によれば、本件考案の構成要件Eの「前記環板状の永久磁石の中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて」との構成は、永久磁石の中央孔の内壁と円柱部との間に少なくとも〇・三mmより大きい幅の間隙をおくことを意味するものと解すべきであり、(3)更に、被告製品の永久磁石3の磁気量は、九〇一ガウスであつて、同磁石から〇・三mm離れた位置での磁気量は七五六ガウス、〇・五五mm離れた位置での磁気量は七二五ガウス、〇・七五mm離れた位置での磁気量は六九二ガウスであり、あまり大きな差異はないのに対し、永久磁石から三・〇mm離れた位置での磁気量は、三六八ガウスであることからしても、本件考案の構成要件Eの「前記環板状の永久磁石の中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて」との構成は、永久磁石の中央孔の内壁と円柱部との間に少なくとも三・〇mm程度の幅の間隙をおくことを意味するものと解すべきである。これに対して、被告製品は、永久磁石3の中央孔9と突起10との間隙が、「三番」と称する製品で〇・七五mm、「四番」と称する製品で〇・五五mmであり、かつ、実際の製品における突起10が、中央孔9のいずれかの側に偏ることが多く、右の間隙が更に狭くなるのが一般的であるから、本件考案の構成要件Eを充足しない。

三  抗弁

1  先使用による通常実施権

本件考案は、訴外小林宏により考案され、訴外株式会社三宏堂により昭和49年8月21日に実用新案登録出願されたものであるところ、被告マグリーダの代表者森田玉男は、昭和47年には、既に原告と共同で被告製品と同一の製品を開発し、同48年には、原告を介さずに自ら、株式会社山石(東京都墨田区本所一―一六―一〇)、株式会社青山(東京都墨田区向島五―三四―七)に対して被告製品の販売を開始した。そして、森田玉男は、昭和55年6月16日、被告マグリーダを設立し、現に実施していた被告製品の製造販売の事業を被告マグリーダに承継させ、被告マグリーダは、現在まで、被告製品の製造販売を継続している。したがつて、仮に、被告製品が本件考案の技術的範囲に属するとすれば、被告マグリーダは、本件実用新案権について先使用による通常実施権を有する。

2  権利の濫用

原告は、本件考案の実用新案登録出願日である昭和49年8月21日以前から、被告製品と同一の構造の製品を製造販売していたが、森田は、右製品の加工をし、加工製品を原告に納入していた。また、森田は、その後、原告とは別個に、右製品を製造販売するようになつた。ところで、原告及び森田は、右製品が、共同で実用新案登録出願をした実用新案権(登録番号第1431505号。以下「甲実用新案権」という。)に係る考案の技術的範囲に属するものであると考え、原告が本件実用新案権を購入した昭和55年5月26日まで、互いに右製品を製造販売していたものである。なお、甲実用新案権に係る考案は、本件考案の構成要件Eの「中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて」との構成を欠くほかは、本件考案と同一の構成の考案であるが、原告、森田及び被告マグリーダが製造販売してきた製品は、当初から中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいていたものである。原告は、右のような事実を知悉しながら、訴外株式会社三宏堂から本件実用新案権を一〇〇〇万円で購入するや、従前被告製品と同一の製品を製造販売し、かつ、それが甲実用新案権に係る考案の技術的範囲に属すると考えていたにもかかわらず、手の平を返すように、被告らに対し、本訴請求をしているものである。したがつて、本訴請求は、まさに信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。更に、原告が、被告らに対し、本件実用新案権の購入価格の数倍にも及ぶ金額の損害賠償を請求することも、信義誠実の原則に反するものである。

四  抗弁に対する原告の認否及び反論

1  抗弁1の事実は否認する。

原告は、昭和46年9月ころから、森田玉男(本名、金明玉)を雇用した。森田は、昭和47年1月ころから、原告の開発部の社員として、磁石等を使用した新製品の研究開発を原告の社内や森田の自宅で行い、昭和48年ころには、ときに営業部員として、原告の製品を得意先に売り歩く仕事もしていたものであつて、原告とは別個に独自の営業活動をしていたものではない。しかも、原告は、当時、原告と森田との共有であつた甲実用新案権に係る考案の実施品を製造販売していたのであるが、右製品は、被告製品とは異なる構造のものであつたのである。

2  抗弁2の事実は否認する。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実及び同2の事実のうち、被告マグリーダが設立された昭和55年6月16日以降、被告らが原告主張の行為をした事実は、当事者間に争いがない。本件記録添付の被告マグリーダの登記簿謄本によれば、同被告は、昭和55年6月16日に設立されたものであることが認められるから、同被告が原告主張の同年5月27日から同年6月15日までの間に被告製品を製造販売したとの事実は認められない。

二  そこで、被告製品が、本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1(一)  請求の原因3(一)(1)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第三号証及び第五号証によれば、本件考案は、次の構成要件から成るものであると認められる。

A 上下面を磁極とする環板状の永久磁石と吸着用の鉄片とを有する鞄等の磁石錠であつて、

B 前記永久磁石の上面を薄非磁性板で被覆すると共に、

C 該薄非磁性板の内端部を永久磁石の中央孔内へ折曲してあり、

D 前記環板状の永久磁石の下面磁極に当接する円板部と、

E 前記環板状の永久磁石の中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて、前記中央孔内に挿入された円柱部とを有する磁極鉄片を有し、

F 前記吸着用の鉄片の下面は、前記永久磁石の上面磁極と、前記永久磁石の中央孔内に挿入された円柱部との両者に対して、実質的に磁気的間隙を残すことなく密着するよう円板状の本体部に円柱突起部を突接した

G ことを特徴とする鞄等の磁石錠。

(二)  前掲甲第三号証によれば、本件考案は、環板状の永久磁石と鉄片との間の磁気的吸着力を利用した鞄等の磁石錠に関するものであるところ、従来の磁石錠は、単に、環板状の永久磁石の一方の磁極面に鉄片を吸着させるものであるにすぎず、ときには、永久磁石の両磁極面に近接して漏洩磁路を呈するような鉄製被覆などが存在し、永久磁石の効果を十分に利用していない傾向があつたことに照らし、前(一)認定の構成により、永久磁石の磁力を最も有効に利用するように、有効磁束のほとんど全部が吸着用の鉄片を通過するようにしたものであることが認められる。

2  被告製品が別紙目録記載の構造の製品であること及び請求の原因3(二)(1)の構造を有するものであることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に基づき、被告製品の構造を本件考案の構成要件に対応して説明すれば、次のとおりであることが認められる。

a  上下面を磁極とする環状の永久磁石3に、真鍮薄板5を介在させながら、鉄板4を離接可能に当接吸着させる鞄等の磁石錠であつて、

b  前記永久磁石3の上面、外面及び内側面の一部を真鍮薄板5で被覆すると共に、

c  前記永久磁石3の中央孔9内へ前記真鍮薄板5を折り曲げ、

d  前記環状の永久磁石3の下面には円板状鉄板14が当接され、

e  前記永久磁石3の中央孔9の内壁との間に間隙7を形成して直立している円柱状突起10を有する、永久磁石3の下面に当接された円板状鉄板14を有し、

f  永久磁石3の上面磁極と離接可能に当接吸着する鉄板4の中央部へ固定した円柱状突起6が、前記環状の永久磁石3の中央孔9内で、前記円板状鉄板14の中央部に固着した円柱状突起10と接している

g  鞄等の磁石錠。

3  右1及び2認定の事実及び前掲甲第三号証によれば、被告製品の右2認定の構造aないしgが、本件考案の構成要件AないしGをそれぞれ充足するものであることは明らかであり、被告製品は、本件考案の技術的範囲に属するものと認められる。被告らは、被告らの主張二2において、本件考案の構成要件Bの「永久磁石の上面を薄非磁性板で被覆する」との構成は、薄非磁性板が永久磁石の上面のみを覆うものであり、同磁石の外面を覆うものは含まないと主張するが、前掲甲第三号証によれば、本件考案は、永久磁石の上面及び中央孔の内壁の一部を薄非磁性板で覆う構成のものであるが、永久磁石の外面を薄非磁性板で覆うか否かについては何ら限定していないものであることが認められ、したがつて、被告らの右主張は、採用することができない。また、被告らは、被告らの主張二3において、本件考案の構成要件Eの「前記環板状の永久磁石の中央孔の内壁に対して磁気的間隙をおいて」との構成は、(1)本件明細書の記載によれば、永久磁石の中央孔の内壁と円柱部との間に少なくとも〇・三mmより大きい幅の間隙をおくことを意味するものと解すべきであり、また、(2)被告製品の永久磁石3の磁気量の測定値によれば、永久磁石の中央孔の内壁と円柱部との間に少なくとも三・〇mm程度の間隙をおくことを意味するものと解すべきである旨主張するが、前掲甲第三号証によれば、本件明細書には、「永久磁石3の上面にも磁気抵抗となる空隙、または比較的厚い非磁性体を介在しないようにするが、0・3mmまたはそれ以下の厚さの薄非磁性板16(例えば黄銅板)で被覆した場合には支障なく、永久磁石3の上面のS極は薄非磁性板16の上面にS極の磁極として現われている。」(本件公報三頁右欄二八行ないし三四行)、「この円柱部10は、図示のように永久磁石3の中央孔9の内壁15から離間し、或いはこの間隙に真鍮板等の非磁性体を介在する。」(本件公報三頁右欄一一行ないし一三行)、「以上の実施例においてその特徴とするところは、鞄の蓋側の吸着用の鉄片4の下面12が、鞄本体側の永久磁石3の上面の薄非磁性板16および永久磁石3の中央孔9に挿入された円柱部10の上面11に密着して、永久磁石3に対する完全な外部磁気回路を形成する点にある。従つて、本考案の磁石錠は、環板状の永久磁石3の磁力を最も効率的に利用して強力な施錠作用を得ることができる。また、薄非磁性板16の内端部を永久磁石3の中央孔9内へ折曲したので、中央孔9の内壁と円柱突起部6の外壁との間に所定の間隔を保持し、かつ円柱突起部6のガイドとなり、円柱突起部6が磁石面に直接当らないなどの利点があり、更に永久磁石3を保護することができるので、その損傷を防止できるなどの諸効果がある。」(本件公報四頁左欄二行ないし右欄二行)と記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、本件考案は、その構成要件B及びCの「薄非磁性板」については、「0・3mmまたはそれ以下の厚さのもの」であれば支障がないものであるが、その構成要件Eの「磁気的間隙」については、具体的に間隙の幅が規定されているものではなく、むしろ、間隙が存在することをその要件としているものであること、本件考案は、構成要件Eの「磁気的間隙」のみにより本件考案の前記作用効果を達成するものではなく、前(一)認定の構成全体によりその作用効果を達成するものであつて、右の「磁気的間隙」について、特定の幅の間隙を要求しているものではないことが認められ、したがつて、被告らの右主張も、採用することができない。

三  次に、被告らの先使用の主張について判断する。

成立に争いのない甲第一号証、第七号証ないし第一〇号証、乙第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一二号証の一ないし四及び原告代表者尋問の結果によれば、訴外株式会社三宏堂は、昭和49年8月21日、本件考案について実用新案登録出願をしたこと、森田玉男は、昭和47年2月ころから同51年12月末ころまで、原告の新製品の開発研究及び販売担当の社員として、同業務に従事し、原告から毎月給料の支払を受けていたほか、原告に対し、森田が職務上発明ないしは考案をすることによつて取得した特許を受ける権利ないしは実用新案登録を受ける権利をすべて譲渡することの対価として、原告から毎月一定額の支給を受けていたこと、以上の事実は認められるが、森田が、本件考案の右実用新案登録出願の際現に、原告とは別個独立の立場で、本件考案に係る製品を製造販売する事業をしたり、その事業の準備をしていたことを認めるに足りる証拠はない。なお、乙第七、第八号証には、被告らの先使用の主張に添うかのような記載があるが、右乙号証は、前掲各証拠に照らし、直ちに採用することが困難である。以上の認定判断によれば、森田玉男、ひいては、被告らは、少なくとも、本件考案の実用新案登録出願の際現に日本国内においてその考案の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者に該当しないものといわざるをえない。

したがつて、被告らの先使用の主張は、採用することができない。

四  以上の一ないし三認定の事実及び実用新案法三〇条において準用する特許法一〇三条によれば、被告マグリーダは、過失により、被告製品を製造販売し、被告トーポは、過失により、被告製品を販売し、販売のために展示して本件実用新案権を侵害したものと認められる。

五  被告らの権利濫用の主張について判断するに、前掲甲第一号証によれば、原告は、昭和55年3月6日に本件実用新案権を譲り受け、同年5月26日、その旨の登録を受けたことが認められ、そして、原告は、本訴において、右の本件実用新案権に基づいて、被告らが、昭和55年5月27日から同63年12月末日までの間、被告製品を製造販売したことが本件実用新案権を侵害したものであるとして、被告らに対し、損害賠償を請求しているものであるが、被告らが権利の濫用として主張する事実は、いずれも原告の右請求が権利の濫用に当たることを肯認するに足りないものといわざるをえない。すなわち、原告が、被告らに対し、将来損害賠償を請求する目的をもつて、被告製品を製造販売することを積極的に促したり、勧めたりした等の事情があるような場合は格別、単に、原告と被告らが、原告が本件実用新案権を譲り受ける前から、互いに被告製品と同一の構造の製品を製造販売していたとの被告ら主張の事実があつたとしても、原告の本訴請求が権利の濫用とされる理由はなく、また、原告が損害賠償を請求している金額が本件実用新案権の購入価格の数倍に及ぶものであるとしても、原告の本訴請求が信義誠実の原則に反することになるともいえないからである。なお、被告らは、原告は、本件考案の実用新案登録出願日である昭和49年8月21日以前から、被告製品と同一の構造の製品を製造販売していたが、森田は、右製品の加工をし、加工製品を原告に納入していたと主張するが、原告がそのころ被告製品と同一の構造の製品を製造販売していたとの事実及び森田が右製品の加工をし、加工製品を原告に納入していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告らの権利の濫用の主張は、採用することができない。

六  そこで、原告が被告らの前記侵害行為により被つた損害の額について判断する。

原告は、被告らに対し、被告らが被告製品を製造販売したことにより得た利益の額を、損害の額として請求することができるところ、成立に争いのない甲第一三号証及び原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告マグリーダの被告製品の販売額は、昭和55年度(被告マグリーダ設立の日である同55年6月16日から同年末までの間)及び同56年度(1月1日から12月末日。以下同じ。)から同63年度までの間は、少なくとも毎月一〇〇〇万円を下ることはなく、また、被告製品の販売により得られる純利益の額の販売額に対する利益率は、販売額の少なくとも一〇%であると認められるから、被告マグリーダが得た利益の額は、右に認定した販売額の各一〇%に相当する額であり、したがつて、被告マグリーダが被告製品を製造販売したことにより得た利益の額は、昭和55年6月16日から同57年12月末日までの間は少なくとも三〇四六万円、同58年1月1日から同61年12月末日までの間は四八〇〇万円、同62年1月1日から同63年12月末日までの間は二四〇〇万円であることが認められる。

次に、被告トーポが、原告主張の期間に販売した被告製品の販売額など、同被告が被告製品の販売により挙げた利益の額を認定するための事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原告代表者尋問の結果によれば、被告マグリーダが設立されてからは、主として、同被告において被告製品を製造販売していたことがうかがえるところである。また、被告トーポが、被告マグリーダによる被告製品の前記製造販売行為について、何らかの形でこれに協力ないし加担するなど被告らの共同不法行為であることを認めるに足りる証拠もない。したがつて、被告トーポの利益についての原告の主張及び被告らの連帯支払を求める原告の主張は、理由がない。

七  以上によれば、原告の被告マグリーダに対する本訴請求は、理由があるから、これを認容し、被告トーポに対する請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官 長沢幸男)

〈以下省略〉

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